見つけたのは、「かねいちくつろぎサロン」という堂々たる日本家屋である。どうやら個人のお宅らしい。
「こんにちは!」と引き戸を開けると、天井が高く広々とした空間が現れた。座敷スペースには年代物の棚があり、中には本がぎっしり!
出迎えてくれたのは、夫婦揃って読書好きという内山源子さんだ。
「本が大好きで、最近では伊坂幸太郎さんや恩田陸さんの小説も好きだし、『ガラスの仮面』(漫画)も全巻そろってます!」
ここで生まれ育った人なのかなと思いきや、内山さんは、父親の転勤で生まれてすぐによその町に引っ越してしまい、結婚後は旦那さんの仕事の都合でヨーロッパやアジアなどの国々を転々としていたそうだ。旦那さんの定年を期に、この小布施に戻ってきた。
「ただ、私は土地勘もないし、友達もいなかった。でも、この家があったから、三年前に、(当時の図書館の)館長に『まちじゅう図書館』に参加しないかと声をかけてもらった時に、本はたくさんあるし、せっかくだからと参加することにしました」
しかし、明治時代から続く商家だったこの家は、物置同然の状態だった。そこで、内山さんは新たに耐震工事を施し、傷んだ箇所を修繕し、商品棚を本棚に作り変えて、ようやくこのサロンをオープンした。
「かねいち」は、商家だった時代の屋号だ。今でもサロンのあちこちに、冬場に雪を入れ冷蔵庫として利用した深さ3メートルの室や、古い商品台が残されていて、商家時代の名残を感じることができる。話を聞いている最中にも、柱時計が「ボーン、ボーン」と鳴り、まるでタイムスリップしたかのようだ。
どんな人々がここでくつろぐのだろうかと思いきや、「サロンの一番の利用者は、近所の中学生!」と内山さんが言う。
えっ中学生ですか!?
「小布施は、観光客向けの場所があっても、地元の子どもたちが自由に集える場所ってあんまりないんですよね。だから、学校の帰りにここに寄っておしゃべりをしたり、勉強をしたり。夏休みになると、『おばちゃん、読書感想文でなにを読んだらいい?』なんて聞かれるので、『これ面白いよ』なんて勧めます」
すばらしい〜! とすっかり感激した。本屋がないこの街では、その子たちのその後の人生に与える影響はとても大きいだろう。
「予約を入れてもらえれば、貸切で使ってもらってもいいんですよ。お母さんが子どもを連れてよく会を開いているし、『短歌の会』や『論語を読む会』は定期的に開かれています。お料理して、お酒の会をする人もいるんですよ」
という太っ腹なこのサロン、利用はもちろん無料で、お茶やコーヒーもすべて無料、すてきな茶器でもキッチンでもなんでも使っていいそうだ。
さて、と私はじっくりと書棚を拝見した。最近の小説のベストセラーから、歴史小説、絵本、漫画、珍しい東南アジアの小説全集、そして棚の中には終戦直後の『文藝春秋』や戦前の教科書などの貴重な本まで並んでいる。そこには、オーナー夫婦の人柄とこの家の歴史がそのまま表現されている気がする。
「それにしても、自宅を他人に開放するって勇気がありますね!」
「都会から来る人は、こんなに本を置いといたらなくなるよって心配されるんだけど、なくなっても別にいいんです。だって、本はどんどん増える一方だし、こっそりいらない本をここに置いていく人もいるんです! だから、文庫本は『もう返さなくていいよ』なんて言ってます」
そう言われて、私も内山さんが勧めてくれた一冊の文庫本を、遠慮なく頂くことにした。
川内 有緒