未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
73

書を捨てないで、まちへ出よう!

小布施の「まちじゅう図書館」をめぐる旅

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.73 |25 August 2016
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#5「私の庭にようこそ」

 少し時間があったので、ちょっと街中を散策することにした。
 街の中心部には、栗菓子で有名な「小布施堂」や、葛飾北斎の祭屋台天井絵などが展示されている「北斎館」が並んでいる。
 その周辺の佇まいは、駅前以上に素晴らしかった。
 たいていの観光地の場合、中心部というのは土産物屋やアイスクリーム屋でガチャガチャしているが、ここはゆったりとした空気が流れている。
 古い土蔵や昔の家屋を利用した商店、レストランが軒を連ね、銀行の軒さきにも美しいのれんが風に揺れている。そして、ケバケバしい看板や唐突な色の建物がひとつもない。街の商工会議所なども素朴な木造の建物で、実に感じがいい。日本にしては珍しく、街に統一感があるのだ。
 そして、街路樹が涼しげな影を作る下では、やはり色とりどりの花が咲く花壇があった。足元を見ると、珍しい木製のブロックが敷かれ、街の統一感に一役買っている。その雰囲気は、やはりアルプスである。

 さあて、どこに行こうかと思いながら地図を開いた。観光案内所の人には、「町の中には路地とか庭とか、通りぬけができる道があるんです。車が入ってこられない道だから、とても静かでいいですよ」と言われていた。
 通りぬけができる小道って…… 果たしておもしいろかわからないけど、せっかく勧めてもらったし、行ってみるか。
 適当に歩いていると、ここかな、という場所が現れた。童話にでも出てくるような緑あふれる細い小道が、奥に、奥にと延びていた。

 道の奥にはホテルの小さな庭があり、古風な建物の一部をくぐるように抜けると、その奥には木戸があった。水のせせらぎの音があちこちから聞こえてくる。木戸の側には「私の庭にようこそ(Welcome to My Garden)」という看板がかかっている。
 どうやら誰かの家の庭らしい。いいのかなと思いながら中に入ると、素晴らしく手入れが行き届いた日本庭園があった。
 ゆっくりと鑑賞しながら通り過ぎる。軒先で洗濯物を干しているところを見ると、今も人が住んでいる普通の家屋だ。庭から庭へと進むうちに、最後に商店の勝手口に出た。
 さすがにここは通りぬけられないよね、と引きかえそうとすると、お店の人がやってきて、「どうぞ、どうぞ、ここも通っていいんです」と声をかけられる。そして、お店を通りぬけると、再び見慣れた国道に出た。ほんの3分ほどの不思議な体験。
 なんだったんだろう、と狐につままれたような気分になった。
 こりゃ、かなり奥が深い街だぞと思いながら、次の図書スポットに急いだ。


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未知の細道 No.73

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。