未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
73

書を捨てないで、まちへ出よう!

小布施の「まちじゅう図書館」をめぐる旅

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.73 |25 August 2016
この記事をはじめから読む

#3『深夜特急』を読んでほしい!

「テラソ」に入ってすぐに目についた書棚は、「テラソ百選」という選書コーナーである。賑やかな手書きポップは、図書館ではかなり珍しいのではなかろうか。
 こんな書店さながらの試みを始めたのは、図書館ではスペースの関係で多くの本が毎年のように閉架に入ってしまうことだった、と関さんは振り返る。
「もちろん閉架図書も検索して借りることはできるんだけど、本っていうのは姿を見て、ペラペラめくってみて読みたくなるってあるじゃない? 昔の本は、造りとしても非常に凝っているし、すごく面白い本もたくさんある。例えば、沢木耕太郎さんの『深夜特急』! ああいう名作も閉架に入っていて、もったいないと感じて」
 思わず、うん、うん、そうですね! 深夜特急は旅行文学の不朽の名作だが、今の若い人にとってはあまり馴染みがないのだそうだ(衝撃!)。
「それで、毎月テーマを変えて本を紹介したらどうかと思いつきました。春は『桜を読む』、梅雨の時は、『雨を読む』なんてね。恋愛小説からミステリーから色々と閉架からも本を持ってきて」
 これなら、来館者はいつも新しい本に出会える。図書館としては新しい本を購入するわけではないので、コストもかからない。それになんといっても手書きポップが親しみやすさを演出する、といいことづくめである。
「だんだんスタッフもポップ作りに熱がこもってきてね。最初は文字だけだったんだけど、今はイラストも入ってたりして。もしこれが、印刷された文字だったら人は読まないと思うんですよ。手書きだからやっぱりいいんですよね」と、関さんは自分の子どもを紹介するように嬉しそうに話してくれた。

  • 「テラソ百選」を担当する依田靖子さん。好きな本は『深夜特急』

 なんともリラックスした雰囲気のこの図書館ができたのは、今から7年前、2009年のことだ。
 ここは、町民同士が、「どんな図書館が欲しいのか」と侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をして生まれたそうだ。通常、こういった公共施設の場合、行政側が原案を作って「こんなのどうですか?」と町民に意見を聞くことが多いが、「まちとしょテラソ」の場合は、町民自ら一から意見を出し合った。
 そうして、新たな図書館は、単純に本を貸し出すだけではなく、町民の「学びの場」、「交流の場」、「子育ての場」そして「情報発信の場」になることが期待された。
 コンセプトが決まると、建物の設計、そして館長も全国に公募をかけた。建物のデザインは公開審査を経て、大きな木を彷彿とさせるような提案が選ばれた。そして館長は、元テレビディレクターの花井裕一郎さんに決定し、開館の準備から運営や企画に関わってもらった。そこには、あえて町の外から新鮮な空気を呼びこんで面白いことしようという気持ちが強く表れていた。

このエントリーをはてなブックマークに追加


未知の細道 No.73

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。