その日の晩。向かったのは17時からオープンしている居酒屋「酒菜食 栄太」だ。まだまだ私のお腹はオムライスを求めている。どれもこれも味がまったく違うので4食目でもまだ飽きない。居酒屋にひとりだと心細いので、金沢に住んでいる姉が同行してくれた。久しぶりの姉妹水入らず。外はもう真っ暗だ。
「栄太」の店主である因幡栄太郎さん(48)は和食、多国籍と様々な料理を学び、父が興した店を30歳の頃に受け継いだ。その影響もあってか、栄太はメニューが豊富だ。
まず、オムライスを注文。栄太郎さんおススメの明太子だし巻きとイカ焼きも頼む。
「はいっ」とでてきた瞬間おもわず「きれい!」と声が出た。スプーンにすくい口へ運ぶ。具材がしっかり混ざったチキンライスとうっすら乗ったマヨネーズとケチャップの相性がたまらない。これぞ、オムライス! 気づけば5分で完食していた。
明太子だし巻きも箸でつまみホフホフいいながら口へ入れる。ああ、幸せ。ビールが進む。
20分ほどが経ち、ガラガラと入り口のドアが空いた。30代くらいの女性ひとり、男性ふたりが入ってきた。エル字に曲がった反対側のカウンターに座る。
「こちらにはよく来られるんですか?」と声を掛けてみた。どうやら常連客のようだ。
「栄太に来たら海鮮食べたほうがいいっすよ」
そう教えてくれたが、オムライスとだし巻き卵でお腹がはち切れそうになっていた私は、「栄太、海鮮おすすめ」と取材ノートにメモをし、また今度必ず食べようと自分自身に誓った。
余談だが、2019年に里帰りした際、私はこの「栄太」で恥をさらしてしまったことがある。中学時代に所属していたクラブの同窓会で栄太に行った。気分がよくなり、そんなに強くもないお酒をグビグビ飲んでしまい、案の定お手洗いから出られなくなった。千鳥足の私を、栄太郎さんの母である女将さんが、車を運転し家まで送ってくれた。
私のことなど知らないだろうに。別れ際「気をつけてね」と見えなくなるまで見送ってくれたことが、強く印象に残っている。聞けば、酔っ払った人がいれば、町内に限るが家まで送り届けているらしい。
「知らない人でもですか?」
「そう……そうですね」
「すごいですね」というと「え、そうですか」と、栄太郎さんは照れくさそうにしていた。
それが因幡家にとっては、先代から代々受け継いでいるおもてなしのひとつなのかもしれないな、と思った。
「オムライスは人を幸せにする包容力がある」。
食文化と暮らしをテーマに執筆するエッセイストの平松洋子さんが著書で記していた言葉が、ふと頭に浮かんだ。