囲炉裏には座布団が置かれている。まずはそこに神様を誘導し、暖を取ってもらう。やがて準備が整うと浴室へ連れてゆき、そしてしばらく経つと、入浴を終えたと判断して声をかけ、食事が用意された広間へと案内する。
朱塗りの御膳に豪華な食事が並べられている。ご飯、汁物、煮しめ、ぶりの刺身、なます、茶碗蒸し、果物。脇には新鮮な鯛が皿に盛られ、大量の野菜や果物が、穀物の選別などに使われる箕に乗せられている。ほとんどは自家栽培したものか、近場で採れたもの。米は森川さん一家が収穫したコシヒカリを天日干しにしたという最高級品だ。森川さんは精霊のために、料理や食材について丁寧に説明を加えていく。
森川さんは改めて床の間の上座に座っている田の神様に向かい、田んぼと畑を見回ってくれたことに対する感謝の意を述べた。
「今日は1年の労を尽くしまして、少しばかりのご馳走をいたしました。どうぞごゆるりとお上がりくださいませ」
料理やお供え物にはそれぞれに理由があるそうだ。焼いた料理を出すと田が焼けて干ばつにつながるから提供しない。神様の使う箸に栗の木の枝を使うのは、たくさん実をつける栗のように、田畑にたくさんのものがなるように、との願いから。お供えした大根には長寿と子孫繁栄の意味が込められている。人形のような形をした二股大根をあえて用意するのは、男性とされる神様に、女性の体つきに似た大根を捧げようというちょっとした気遣い、というように。
ちなみに森川さん宅では神様はひとりとされているが、奥能登の他の地域では夫婦の精霊と考えられ、当然食事も二膳用意される。集落によって伝承は微妙に変化し、さらに家庭によって作法が若干異なる。農家の子どもたちは親の所作を見て儀式の段取りを覚えていく。