他のお客さんと同じように、私はフラミンゴの群れを眺めながら食事が来るのを待った。
群れの中の一匹がガラス越しに近づいてきて、漫画で描かれそうなキョトンとした目つきで、じっとこちらを見つめている。スポーツカーのような流線をしたボディを覆う、ピンク色とも、オレンジ色とも、白色とも赤色とも表現できない、自然界でしかブレンドできない絶妙な色味。その美しいフォルムに何度もため息をつく。
やがて料理が運ばれてきた。
メヒコ伝統のカニピラフだ。オーダー時に殻つきか殻なしかを聞かれ、迷った挙げ句、私は殻つきをオーダーしていた。
見栄えが良いほうが気分がアガると考えたわけだが、その選択は大正解だった。
日常では滅多にお目にかかれない本ズワイカニの見事な脚を前に、私の食欲は今年一番の高まりを見せた。
殻を切るためのハサミとカニ身をほじるためのフォーク、手を洗うためのフィンガーボール。さあ、仕事、仕事。
今まで見とれていたフラミンゴには一切目をもくれず、桜色をしたカニ肉をほじり出すことに全神経を集中させる。
慣れてないだけに砕けた肉はテーブルの四方に飛び散り、拭いても拭いても手はベチョベチョ。そんな醜態を晒す私をフラミンゴが凝視するという、実にシュールな光景。5分ほど格闘してほとんどのカニ身を、バターとカニ出汁の香りが交錯するピラフの上に乗せることに成功し、ホッと一息をつく。
カニフォークをスプーンに持ち替え、ようやくピラフを口に運ぶ。
本ズワイカニの味も食感も素晴らしく、お米の柔らかさと塩気もバッチリ。さすが、いわき市民のソウルフード。
けれども私の舌を最も喜ばせたのは、意外にもカニではなく、ピーマンだった。
苦味と甘味の先にある、崇高の旨味。ズワイガニとともに炊き込まれた赤と緑の脇役が、かにの風味を上手に引き締めつつ、主役に負けない個性を発揮している。カニを楽しみにいわきまでやってきたはず私は、思いがけない感動に浸り、「ピーマンのおかわりってできるのかな」などと呟きつつ、無心になってカニピラフに喰らいついたのであった。
お腹を満たし、カニのエキスでまみれた手をしっかりと洗い、改めて店内をぐるりと見回してみる。
モノトーンの壁にミッドセンチュリー調の赤いチェア、軽快なジャズ&ボッサ(とフラミンゴの雄叫び)。創業時からずっと飾られているという、マタドール(闘牛士)を描いた大きな油絵を眺めていると、異国情緒は一段と増す。
聞くところによれば、開業当時のメヒコは、地域で唯一の高級レストランだったそうだ。赤いカーペットが敷かれ、ドレスコードがあり、お釣りの札はすべてピン札。それでも週末になると、開店と同時にできる行列が閉店までなくならないという盛況ぶり。
「とてもじゃないけれど入れないから、せめてお土産を買って帰ろう」と、諦めきれない人々がテイクアウトのカニピラフを買い求め、家路についたそうだ。