未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
84

東京都 高田馬場、下北沢

水タバコはなんだかアヤしい。そう思っている人ほど魅せられる。カフェのように気軽に立ち寄れて、アップル、ピーチ、ミントなどフルーティーな味と香りに癒される、それも、最高にゆるい空間で、と、ここまでは知っている人も多いだろう。しかし、日本の水タバコ屋は独自の進化を遂げつつあった。

文= 志賀章人
写真= 志賀章人
未知の細道 No.84 |10 February 2017
  • 名人
  • 伝説
  • 挑戦者
  • 穴場
東京都

高田馬場へ 最寄りのICから首都高速中央環状線「西池袋IC」を下車

首都高速中央環状線「西池袋IC」までを検索

下北沢へ 最寄りのICから首都高速4号新宿線「幡ヶ谷IC」を下車

首都高速4号新宿線「幡ヶ谷IC」までを検索

高田馬場へ 最寄りのICから首都高速中央環状線「西池袋IC」を下車

首都高速中央環状線「西池袋IC」までを検索

下北沢へ 最寄りのICから首都高速4号新宿線「幡ヶ谷IC」を下車

首都高速4号新宿線「幡ヶ谷IC」までを検索

#1開煙

空を見上げるとモクモクと雲がひろがっていた。しばらく眺めていると雲は晴れ、青空がさわやかに透けていく。――まるで水タバコの煙みたいだ。そう思ったのは向かう先が「ばんびえん」だったからだろう。

ばんびえんとは、高田馬場にあるシーシャ屋である。シーシャとはイラン語で「ガラス」を意味する「شیشه (シーシェ)」を語源とする、いわゆる「水タバコ」のことである。

思えば、ぼくがはじめてシーシャを吸ったのもイランであった。

通りを歩いていると、軒先の椅子に腰かけて、ぼーー……っと、座っているおじいさんがいた。皺だらけの顔に埋もれた目はなにも見ていないようであり、しかも口にはホースが突っ込まれている。そのままの姿勢で置物のように動かないのだ。と、そのとき。

ぶくぶくぶく……と音がした。

そして、おじいさんの口から信じられない量の煙が吐きだされる。1、2、3、4、5秒が経っても、まだ煙は止まらない。おじいさんの顔が見えなくなるほど立ちこめた煙は、やがて少しずつ晴れていく。そして、そこには、最初に見た姿と寸分違わず、ぼーー……っと置物のように座り続けるおじいさんの姿があった。

店の中をのぞいてみると、同じようなおじいさんがたくさんいる。日本でいえば、縁側のような、いや、煙側とでもいうべきなのだろうか。モクモクと煙が立ちこめているが、少しも不快ではなく、不思議と甘い香りがする。

そもそも水タバコとはなんなのか。基本的には紙タバコと同じ。ライターのかわりに炭でタバコ葉を燃やしてその煙を吸う。しかし、紙タバコがスポンジのようなフィルターを通すのに対して、水タバコは水を通す。そのため煙はほのかに潤い、しかも、あの長い真鍮の筒やホースを通すことで煙が冷える。熱くて喉が乾きやすい中東ならではの発想だが、その発祥地はあきらかになっていない。イランの人はイランだと言い、トルコの人はトルコだと言う。実はインドであるという説もある。

しかし、紙タバコとの最大の違いは、その「味」だろう。多くはタバコ葉をジャムのような糖蜜に漬けているため、たとえば、アップル、ピーチ、マンゴーといったフルーツから、バニラ、チョコレートといったスイーツまで、実に多種多様な味が楽しめるのだ。

とにかく一本の水タバコで何時間でも座っていられる。ゆるい時間だけがそこにある。店の中から通りを眺めていると、忙しい時間の流れから解脱して煙のように異空間に漂っている気持ちになれる。それがぼくが抱いていた水タバコのイメージのすべてだった。

記憶を思い返しながら歩いていると、地図が示す場所に着いていた。しかし、看板はない。確たる保証はないまま、扉を開けて進んでいくと、あの甘い香りがした。

その香りに導かれるように奥へと進むと「ばんびえん」があった。ドアを開けると、その部屋の中はやわらかい煙に満ちていて、椅子に腰かけて水タバコを吸っていたのは、イランのおじいさんとは似ても似つかぬ若武者だった。

明るく、話しやすくて、よく笑う。まさに、ばんびえんというお店を体現しているのが、オーナーの齊藤亮さん。まだ開店前ではあるが、店内にはすでに狼煙があがっている。さっそく、ぼくは亮さんの隣に腰かけた。

このエントリーをはてなブックマークに追加


未知の細道 No.84

ライター 志賀章人(しがあきひと)

「え?」が「お!」になるのがコピーです。
コピーライターとして、核を書くことで、あなたの言葉にならない想いを言葉にします。
京都→香川→大阪→横浜で育ち、大学時代にバックパッカーとしてユーラシア大陸を横断。その後、「TRAVERINGプロジェクト」を立ち上げ、「手ぶらでインド」「スゴイ!が日常!小笠原」など旅を通して見つけたモノゴトを発信中。次なる旅は、夫婦で世界一周!シェアハウス暦8年の経験から、子育てをシェアする未来の暮らしも模索中。
伝えたいことを、伝えたいひとに、伝えられるようになる。そのために、仕事のコピーと、私事の旅を、今日も言葉にし続ける。
「新聞広告クリエーティブコンテスト」「宣伝会議賞」「販促会議賞」など受賞・ファイナリスト多数。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。