東京都 高田馬場、下北沢
水タバコはなんだかアヤしい。そう思っている人ほど魅せられる。カフェのように気軽に立ち寄れて、アップル、ピーチ、ミントなどフルーティーな味と香りに癒される、それも、最高にゆるい空間で、と、ここまでは知っている人も多いだろう。しかし、日本の水タバコ屋は独自の進化を遂げつつあった。
高田馬場へ 最寄りのICから首都高速中央環状線「西池袋IC」を下車
下北沢へ 最寄りのICから首都高速4号新宿線「幡ヶ谷IC」を下車
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下北沢へ 最寄りのICから首都高速4号新宿線「幡ヶ谷IC」を下車
空を見上げるとモクモクと雲がひろがっていた。しばらく眺めていると雲は晴れ、青空がさわやかに透けていく。――まるで水タバコの煙みたいだ。そう思ったのは向かう先が「ばんびえん」だったからだろう。
ばんびえんとは、高田馬場にあるシーシャ屋である。シーシャとはイラン語で「ガラス」を意味する「شیشه (シーシェ)」を語源とする、いわゆる「水タバコ」のことである。
思えば、ぼくがはじめてシーシャを吸ったのもイランであった。
通りを歩いていると、軒先の椅子に腰かけて、ぼーー……っと、座っているおじいさんがいた。皺だらけの顔に埋もれた目はなにも見ていないようであり、しかも口にはホースが突っ込まれている。そのままの姿勢で置物のように動かないのだ。と、そのとき。
ぶくぶくぶく……と音がした。
そして、おじいさんの口から信じられない量の煙が吐きだされる。1、2、3、4、5秒が経っても、まだ煙は止まらない。おじいさんの顔が見えなくなるほど立ちこめた煙は、やがて少しずつ晴れていく。そして、そこには、最初に見た姿と寸分違わず、ぼーー……っと置物のように座り続けるおじいさんの姿があった。
店の中をのぞいてみると、同じようなおじいさんがたくさんいる。日本でいえば、縁側のような、いや、煙側とでもいうべきなのだろうか。モクモクと煙が立ちこめているが、少しも不快ではなく、不思議と甘い香りがする。
そもそも水タバコとはなんなのか。基本的には紙タバコと同じ。ライターのかわりに炭でタバコ葉を燃やしてその煙を吸う。しかし、紙タバコがスポンジのようなフィルターを通すのに対して、水タバコは水を通す。そのため煙はほのかに潤い、しかも、あの長い真鍮の筒やホースを通すことで煙が冷える。熱くて喉が乾きやすい中東ならではの発想だが、その発祥地はあきらかになっていない。イランの人はイランだと言い、トルコの人はトルコだと言う。実はインドであるという説もある。
しかし、紙タバコとの最大の違いは、その「味」だろう。多くはタバコ葉をジャムのような糖蜜に漬けているため、たとえば、アップル、ピーチ、マンゴーといったフルーツから、バニラ、チョコレートといったスイーツまで、実に多種多様な味が楽しめるのだ。
とにかく一本の水タバコで何時間でも座っていられる。ゆるい時間だけがそこにある。店の中から通りを眺めていると、忙しい時間の流れから解脱して煙のように異空間に漂っている気持ちになれる。それがぼくが抱いていた水タバコのイメージのすべてだった。
記憶を思い返しながら歩いていると、地図が示す場所に着いていた。しかし、看板はない。確たる保証はないまま、扉を開けて進んでいくと、あの甘い香りがした。
その香りに導かれるように奥へと進むと「ばんびえん」があった。ドアを開けると、その部屋の中はやわらかい煙に満ちていて、椅子に腰かけて水タバコを吸っていたのは、イランのおじいさんとは似ても似つかぬ若武者だった。
明るく、話しやすくて、よく笑う。まさに、ばんびえんというお店を体現しているのが、オーナーの齊藤亮さん。まだ開店前ではあるが、店内にはすでに狼煙があがっている。さっそく、ぼくは亮さんの隣に腰かけた。
ライター 志賀章人(しがあきひと)