1年目は現場での作業に必死で、あっという間に過ぎ去った。心身に余裕が出てきた2年目、チーズを作れるようになった後にどうするのかを考えるようになった。
岡山の吉田牧場に憧れたこともあり、当初は牛を飼うつもりだった。問題は、どこでやるか。北海道は平らで広い土地があり、酪農家が多いので資材も安く手に入りやすいというメリットがあるが、チーズ職人も多く埋もれる可能性があった。しかも人口密度が低いので、生活できるほどチーズを売って稼ぐのも容易ではない。
「やるなら市場に近い関東圏だな」と埼玉、栃木、茨城あたりを候補に入れるも、資金的に牛をのびのび育てられるほどの土地を手に入れるのは難しいため、「羊はどうか?」と考えた。
共働学舎では、職人の指導役として年に2回、フランスからチーズ職人を呼んでいた。その職人に「羊でやろうと思っているんだけど、どうですか?」と尋ねると、「ヤギにしなさい」と言われた。理由を聞いて、納得した。
「日本には乳用種のいい羊がいないので、商売として採算が取れないと言われました。でもヤギは長野県で品種改良された日本ザーネンという種類のヤギの能力が高いし、日本のチーズのマーケットに対してヤギのチーズを生産しているところが少ないから、市場としてまだまだ伸び代があると。チーズづくりだけでなく、商売としてもいろいろ教えてくれました」
考えてみれば、関東圏には北海道ほど開けた土地がないため、酪農に新規参入するなら山で飼うのがメインの選択肢になる。24時間放牧の山地酪農で有名な岩手の中洞牧場のように山で牛を飼っているところもあるが、調べてみると、牛1頭飼うのに必要な1ヘクタールの土地でヤギなら10頭飼えることがわかった。漢字で山羊と書くように、もともと山に住んでいる動物から、斜面でも問題ない。商売的に「牛を飼うよりも、差別化しやすい」のもメリットだ。
「日本のチーズの消費量は増え続けていて、チーズ工房も13年前は150軒ぐらいだったんですけど、今は300軒を超えています。その増えた分のほとんどは酪農家からミルク買って作るチーズ屋さんなんですけど、ヤギは飼育頭数が少なくて、ミルクを安く売っていないから、自分で飼育してない限りはチーズを作れないという参入障壁があるんですよ。それで、ヤギなら山で飼えるし、競合も少ないし、味にも個性を出しやすいかなと」