堀さんは1989年、旧五日市市(現在のあきる野市)で生まれた。養沢ヤギ牧場は地元なのだが、子どもの頃から現在のような山暮らしだったわけではなく、実家は武蔵五日市駅の近くの開けた場所にある。
「職人」という生き方を意識するようになったのは、父親の存在が大きい。もともと企業のロゴなどをデザインする仕事をしていたそうだが、堀さんが小学生の時、日曜大工の趣味が高じて木工作家に転身。隣町の日の出町に工房を開き、今もテーブルやイスなどの家具からスプーンまで、幅広く作っているという。
腕一本でメシを食う父親の影響もあったのだろう。堀さんは高校時代から化学や物理が好きで、東京理科大学では物理学を修めたが、いつの頃からか、「自分の力で生きる」ことを目指すようになったという。
「景気が良かったり悪かったり、時代が変わったとしても、それに左右されない普遍的な生き方ってなんだろうって考えていました。人に媚びたり、会社に依存したりしないで生きていける、そういう強い生き方を探していましたね」
頭に浮かんだのは、自給自足の生活。しかし、簡単にできるようなことではない。先立つものもないため、まずは就職しようと大学卒業後は金属屋根のトップメーカーに就職した。