錫(スズ)の器で、お酒を飲んだことはありますか?
日本酒も、ワインも、水さえも。器による味の違いはすぐに分かりました。 一言で言うなら“まろやか”。アルミやステレンレスの器のような“鉄の味”が一切しないので、甘さとやわらかさが引き立つのです。熱伝導率も高いので、器に注いだ瞬間にぬるくなったり冷めたりしない。熱燗はアツアツのまま、冷たいビールはキンキンのまま飲むことができます。ほかにも、割れない、錆びない、手入れもいらない。思わず手で転がしたくなるような心地よい重みにも吸い寄せられるような不思議な魅力があります。
コップやお皿から、醤油差しまで。生活に溶け込む錫食器と出会える場所が「原風舎」。金属造形作家の角居康宏さんのアトリエです。表札の前に立つと体が硬くなってしまうような重厚感がありますが、出迎えてくれる角居さんのやわらかい声を聞くと安心するはず。そんな角居さんのお話にもまた吸い寄せられるような魅力があるのです。
「僕にとって金属は“美術”の世界だったんです。自分の作りたい物を作れば、誰とも共有できなくていいっていう感じの。美術作品も作り続けているけど、共有できないのって、やっぱりちょっと寂しいんですよね。僕は、共有できる物作りというのは、使える物を作るということだと思うんです。たとえば、錫の器で飲むとおいしくなるね、って喜んでもらえたりする。金属の器ってものすごく少ないので、そうやって、僕が好きな金属の良さを知ってもらいたい。そう思って普段使いできる物を作りはじめたんです」
工房も気さくに案内してくれる角居さん。僕が「これはなんですか?」と聞くたびに、様々な物を引っ張り出してきて、その成り立ちから丁寧に教えてくれます。
金槌や型などの工具もすべて角居さんの手作り。そこまでやる金属造形作家は角居さんだけではないでしょうか。どうして金属で生きる道を選んだのか、そのキッカケを聞いてみると。
「ライターで見るようなオレンジ色の火、あるでしょ? もっと温度を高くするとガスコンロの青い火になって、さらに高くするとレモンイエローの火になって、金属が溶けるほどの温度になると、不透明な白い炎が出るんです。それがもう真っ白で、ものすごく綺麗で、ものすごく神々しくて。その“火”に惹かれて金属の世界に入ったんです」
聞けば聞くほど、引き込まれる角居さんのお話。続きは、ぜひ本人に聞きに行ってみてください。錫の器だけでなく、前衛的な美術作品でも年に20回を超える展示会を行っている巨匠。その、人としての器にこそ驚かされることでしょう。
原風舎を後にして、角居さんが魅せられたという炎を想像しながら歩いていると、通りからピザ釜の炎と向き合う職人の姿が見えました。
ライター 志賀章人(しがあきひと)